ヴィンテージは壊れやすいの?

ヴィンテージは壊れやすいの?

さて、回答いたしましょう。今回は冗談抜きでめちゃ長いですよ(笑)
 
 
質問です。
 
生きているうちに一体何人のことを「本気」で好きになるでしょうか?
 
あ、大丈夫ですよ。酒を飲んでもなければヤバイものもやってません(笑)
 
いやね、時計は特にヴィンテージウォッチは「人」と同じなんですよ。
 
 
 
先日お客様との会話で「ヴィンテージウォッチって壊れやすいんですか?」
 
まぁこの道15年ともなれば何度となく聞かれる質問ですね。
 
心優しい僕は親切丁寧にどんな方にもこう答えます。
 
「新品は壊れないんですか?」
 
出たね質問返し。テストでこう答えたら100%「0点」のやつね(笑)
 
 
 
腕時計の歴史は現状1901年にブラジルの飛行家サントス・デュモンがカルティエにオーダーしたことが始まりとされていますが、
 
2度の世界大戦があったことを考えると真偽は定かじゃない。
 
他にも大きな出来事があって現代が成り立っているので、
 
歴史や史実なんてものは参考程度で100%信用はできない。
 
でも断言できることは100年以上も前から腕時計は「存在した」こと。
 
 
 
腕時計は「ゼンマイ」で動くものから幾度となく改良を加えられ、
 
やがて「電池」で動くものへと進化していきます。
 
未だに「手巻き」や「自動巻き」がよくわからない方も多いので、
 
簡単に言えばネジを回して動く「ゼンマイのおもちゃ」をイメージすればわかりやすいはず。
 
 
 
細かい歴史などは今回は省くとして、
 
よく考えてほしいのが今から100年以上昔に時計をゼンマイで動かす、
 
そしてそれを実用的にするってなかなかぶっ飛んだ発想じゃないですか?
 
そんな大昔の時計なんて構造上の「欠陥」もあっただろうし、
 
何より重力や温度、湿度などの「外的要因」も無視できなかったはず。
 
それでも当時の職人はどうやったらそういう原因をクリアできるのか考えて、
 
幾度となく実験を繰り返し実用に向けたテストを行い結果、
 
大量生産することを実現しました。
 
 
 
そう、今あなたが持っている腕時計は腕時計職人の歴史と知恵、努力などありとあらゆる「結果」で成り立っているんです。
 
それは安かろうが高かろうが関係なく「人類の叡智」とも言えるものなんです。
 
 
 
で、人間というものは凄いな~と実感できるのが1940年代には腕時計のほとんどが「実用化」されているんですよ。
 
たった40年そこら、こんな小っちゃいケースにネジ、歯車、ゼンマイ、その他のパーツで時間がわかるもの作っちゃいました。
 
もう僕は泣きそうなくらい感動していますがまだですよね?
 
 
 
その後スイスの時計産業は最高潮に盛り上がり、数百という時計ブランドが乱立。
 
そして第二次世界大戦。
 
それでも中立国のスイスは時計を製造し1950年代には手巻き時計を進化さえた「自動巻き」を完全な実用時計にします。
 
(自動巻きの実用性は個人的に50年代以降のものが優れていると思うのでここではそうします)ただスイスの時計産業を脅かせる存在が何とココ「日本」から頭角を現します。
 
 
 
敗戦国となった日本の仕事の一つに「時計修理」が盛り上がったそうです。
 
進駐軍が持っていた時計を直したり調整したり、
 
手先が器用で真面目な日本人にとって天職とまでいかなくても評判は良かったそう。
 
なんでそんなことを知っているかというと、
 
提携している職人さんの一人に70代のおじいさんが一人いて、
 
お父さんの代から時計修理職人をやっていたそう。
 
でも当時は仕事を一切教えてもらえず「盗む」しかなかったとか。
 
そんな時計の歴史の話をされると涙が止まらない。
 
あれ?そうでもない?
 
 
 
で、話を戻すと戦後の舶来品の中に腕時計もあったそうですが、
 
腕時計は際立って高価な代物。
 
大地主などのお金持ちにしか持てなかったのが腕時計で、
 
その中でも「OMEGA」と書かれた時計が日本へ初めて入ってきた舶来時計だとか…。
 
そのOMEGAをはじめ数々の時計をベースに世界の頂点を目指す時計ブランドがご存知「SEIKO」。
 
日本の時計史が幕開けとなる瞬間です。
 
 
 
戦前の国産に関してはいつの日か書くとして、
 
大体1950年代初頭に腕時計の普及を目指し「スーパー」や「ユニーク」といった時計を製造。
 
そして今も名作として語り継がれる「クラウン」「マーベル」「クロノス」が誕生したのち、
 
1960年「グランドセイコー」を発表。
 
世界最高峰の腕時計を目指した国産腕時計の頂点。
 
そこから日本の腕時計の歴史はスイス時計産業を覆すものとなっていきます。
 
 
 
1970年代に入るころには電池式腕時計の普及が世界中で始まります。
 
1969年に起きたとされる「クォーツショック」で機械式の腕時計を得意とするスイス時計産業は大打撃。
 
その後、約20年以上に及ぶ不遇の時代を過ごすことになります。
 
 
 
細かい歴史は省くと書きながら長々とここまで来ました。
 
ここからが本題ですが明日が早い方はお休みなさいませ(笑)
 
 
 
腕時計は機械式のもので言えば1960年代にほとんど完成しています。
 
精度、耐久性、構造上の問題のほとんどをクリアできています。
 
言い換えれば2018年になっているにも関わらず、
 
今から60年以上昔の機械ものがしっかり動いている。
 
それが「ヴィンテージウォッチが壊れにくい」ことを証明していると同時に、
 
自分達で販売もしているので「直す」ことも可能だと言えますね。
 
 
 
つまり「ヴィンテージウォッチ」は壊れやすくない‼
 
だって機械もので50年以上しっかり動くものって時計くらい?
 
そんなに多くないですよね。
 
時計職人が後世に形として遺すため考え抜いて考え抜いて造り出されたものが「ヴィンテージウォッチ」のルーツ。
 
しかも時間とお金に余裕がある時代の中で生まれた最高の製品はいつの時代も変わらず素敵に輝き動き続ける。
 
人のためを思い、人のために製造された時計。
 
それは「商業的」ではなく「工業的」な製品の結果です。
 
 
 
「同じものなんて2つとして存在しない」
 
なぜなら製造された年、販売された場所、それを当時手に入れた人、それを使った人、
 
それぞれの使い方、メンテナンスの違い、保管の違い…
 
これだけ環境が違うなか存在しているアイテムなんです。
 
そして同じモデルがあっても比べると全然コンディションが違う。
 
 
 
それぞれ違う環境の下、自分と出会うアイテムはどれくらいでしょう?
 
そしてそれらを手にする機会はどのくらいでしょう?
 
10回?50回?
 
納得できる出会いの回数なんて5回あれば良いほうじゃないですか?
 
だってよく考えれば「親友」ってのも何十人もいないでしょ?
 
 
 
最初に書いた「ヴィンテージウォッチは人と同じ」というのは
 
人に例えると生まれた時代や家、育った環境、出会ってきた人の数、交わした言葉、
 
考え方や想い全てが違いますよね?
 
その中で本当に心から愛せる人って人生で何回出会えるんでしょうか?
 
だからヴィンテージウォッチとの出会いは「人との出会い」と一緒で、
 
その日、その場所で出会えたのは「運命」そのもの。
 
 
 
「今日その日にその場所で出会えた時計はあなたが手に入れるべきもの」
 
好きになった人が他の人のところへ行ったらどう思いますか?
 
間違いなく夢でうなされるくらい悔しくて辛いことなはず。
 
ヴィンテージもそうなんです。
 
僕は幾度となく夢で買って現実に無くて何度落胆したことか…。
 
 
 
一歩踏み出す勇気を持ってほしいのと同時に、
 
「ヴィンテージ」というものに深い理解を示してもらえればこんなに面白いものはない。
 
今日はあるけど次回で会うときは違うもの、
 
今日の空は明日には違う空の景色になっている、そんな感じです。
 
そんな「一期一会」って体験してみてはいかがですか?
 
 
 
ここにあるヴィンテージウォッチはあなたが来ることを待っています。
 
 
 
 
 
 
 
と、良い風にまとめましたが現行品信者の方が聞きたくない話もしていきましょうか。
 
「一部のモデルは古い時計でもメーカー修理をしたら機械が現行品と同じ新品になる」
 
つまりヴィンテージが壊れるというイメージは完全に間違いということになりますね。
 
この辺はまた次回にでも。